連載小説 第七回 「妓王」 平家物語に基づく

 ある年の春、清盛の身に変異が起こった。宵から少し風邪をひいたような心持だったのが、翌日から、すさまじい熱を発したのである。どのように手を尽くしてみても、熱は下がらず、医師にも、なすすべが無かった。一族のものは、ただ、嘆き悲しむばかりである。

 それから三日して、清盛は息をひきとった。苦しんだ挙句であったという。 妓王は、その知らせを聞いた時、さすがに心が騒いだが、なにもかも過ぎ去った昔のことであるのだと、つとめて心に言い聞かせ、気持ちを鎮めた。

 それから数日後、笹の葉が、春風にさやさやとそよぐ日暮れ時。かけいの水の音をききながら、三人が静かに座している時であった。表の戸をとんとんとたたく音がする。 はて、このような時刻に。訪れる者もない筈だがと不思議に思い、三人は顔を見合わせた。
「はい、どなた様でござりまするな。」刀自は、気丈に声を出した。怪しいものではあるまいかと、娘達をかばうそぶりをする。 「都よりまいった者でございます。どうか開けてくださいませ。」まだ若い女の声である。
「都より?」
風流な都人が、この辺りを散策しているうちに道に迷い、日は暮れてくるし、困っているのでもあろうかと思いやって、妓王は、そっと戸を開けた。

 妓女のさしだす灯り(あかり)のもとで、頼りなげに、若い女が立っていた。妓女と同じ年頃でもあろうか。粗末な被衣(かつぎ)を被(かぶ)り、顔には化粧のあとも無い。
「一晩の宿をお願いいたします。疲れ果てております。」女は、へたへたと、その場にしゃがみこんでしまった。
「おうおう、これはまあ。さ、妓女、中へお入れして、湯などさし上げなさい。」 刀自の指図のままに、妓女は、女を中にやさしく引き入れて、戸を閉めた。
 女は湯を飲んで一息つくと、大きな眼を潤ませて、礼を述べた。
「思いもかけぬ出来事で、都を追われてまいりました。どうか哀れと思し召して、せめて一夜なりと、泊めてくださりませ。」
老いた刀自は、すっかり同情して眼に涙を浮かべて女を見つめている。
妓王は、女の顔を、こうして灯りのもとでよく見てみると、ふと、どこやらで会ったような気がしてきた。はて、どこで会ったのであろう。都から来たと言っていたが。(続く)

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