黄昏から夜へ
横浜・パリ・京都

高校生の頃、横浜に住んでいた。小高い丘の中腹に家があり、私の部屋の窓からの眺めは、なかなか良かった。東京タワーも遠くに見えた。当時、まだ元気だった父方の祖母が一緒に住んでいて、食事の支度は、祖母と母が二人でしていた。夕食の仕度は、手伝わなくてよかった。休日など、夕方、まだ明るいうちに窓辺に座り、暮れていく窓の外を、ぼんやりと眺めていた。少しずつ闇があたりを覆っていく。ぽつり、ぽつりと灯りがともりだす。まるで、ともる瞬間に、ちりん、ちりんと、小さな、綺麗な音がするような気がした。やがて、すっかり暗くなると、さまざまな色の灯りが、闇を飾った。

20代の頃、初めて、ヨーロッパへ行った。一人では不安なので、団体旅行に参加した。中年の姉妹と親しくなった。一緒に学習塾を経営しているという二人は、海外旅行のベテランだった。パリに着いた日の夜、オプショナル・ツァーで、シャンソニエに行くつもりだったのだが、彼女たちに、「もっと面白いところがあるわよ。行きましょ。」と誘われた。どこへ行くのだろうと思いながら、ついて行くと、エッフェル塔だった。展望台まで上がった。もう夜だったが、夏のパリは、まだ明るかった。“アンヴァリッド”(廃兵院)を足元に見下ろす屋外の展望台で、私たちは、何時間も、目の前に広がるパリを眺めていた。闇が、すっかり、街を覆いつくし、無数の灯りが、きらめくようになるまで。

会社に勤めていた頃、秋の連休に、京都へ一人旅をした。パリでの経験が忘れられず、京都に当時あった、高層ホテルの上の、回転する展望レストランに行った。夕方、まだ早い時刻に店に入り、オードブル一皿とカクテルを一杯注文して、窓の外を眺めた。黄昏から夜まで、古都の眺めを楽しんだ。少しずつ、なめるようにして味わうカクテルのせいで、陶然とした気分になった。レストランと共に、私の酔いも回った。

黄昏から夜に移り変って行く、三つの都市の眺めを堪能することができた。
やがて私にも人生の黄昏時が訪れる。自分の人生の黄昏から夜までを、じっくりと味わい、楽しむことが出来たら、と思う。

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