口笛で「愛のロマンス」を

 中学生の頃、心は、まだ少女なのに、体は、大人の女性になりつつあり、戸惑いを覚えていました。
体を動かすのが、ぎこちなく、恥ずかしさを、いつも、感じました。
それに、戦後、民主主義の時代になったとは言え、やはり、男性の方が上で、女性は、一段低い存在だ、という考え方は、根強く残っていました。
私たち女性も、「女性は、男性より劣った存在だ」と、心のどこかで、考えていたように思います。
その一段低い存在の、“女性”になるのは、いやでした。

その頃、私は、口笛を吹きたくなりました。
女性が口笛を吹くのは、はしたない、というような考えも、まだ、世間にはありました。

テレビで観た、映画「禁じられた遊び」のテーマ「愛のロマンス」が、とても気に入った私は、ドーナツ版のレコードを買い、繰り返し聴きました。
イントロから最後まで、一曲まるごと覚えてしまいました。
お風呂の中で、毎夜、口笛の練習をしました。

そして、とうとう、完璧に、口笛で「愛のロマンス」を演奏できるようになりました。
それから、毎夜、お風呂に入るたびに、「愛のロマンス」を吹きました。
まるで、男性になったみたいで、胸がすっとしました。

やがて、成長した私は、女性の人生だって、捨てたものじゃない、と思えるようになりました。
そして、いつのまにか、口笛を吹くこともなくなりました。

昔、私が、口笛の名人だったことは、誰も知りません。

back home