煙が目にしみる 終戦記念日に

 産経新聞関西版の夕刊に、読者投稿欄がある。「夕焼けエッセー」というコーナーだ。制限字数は六百字だが、この短いエッセーには、いろいろな人のいろいろな人生が詰まっている。アマチュアの方が多いのだと思うが、素敵な文章ばかりだ。たくさんの投稿の中から、選者の方たちによって選ばれた作品のみが読者の目に触れることになる。

 私は、関東に住んでいるので、数年前に出た本「夕焼けエッセーまとめて5年分」で、この欄のことを知った。審査員は、川柳作家の時実新子さん(故人)、作家の玉岡かおるさん、同じく作家の眉村卓さんだ。私が一番気に入った作品は、「煙が目にしみる」、作者は、2005年の投稿時、81才の女性、久保田照子さんだ。 短くても、全文を載せるわけにはいかないので、少しだけ抜粋してみよう。 

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 私が初めて外国の音楽を身近に聴いたのは六十年前の終戦の年である。

 商人の街・大阪人はあちこちで早くも闇市で物を売り始めた。

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 住吉神社の境内の闇市で、若き日の久保田さんは、蓄音機を目にし、どうしてもほしくなった。売り手の、上品で優しそうなおじいさんは、久保田さんのわずかな所持金で、蓄音機を売ってくれた。そして、空襲でレコードを焼いてしまったという久保田さんに、一枚のレコードをくれた。それが、ザ・プラターズの「煙が目にしみる(スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ)」だった。

 がらんとした四畳半の部屋で、久保田さんは、初めて、この曲を聴いた。歌の意味などなにも分からないが、なぜか切なく泪があふれた。

 数年後、この曲の詞を知った。

 なぜあなたは涙ぐむ。そのわけは私には分からない。人は言うわ。恋をする人は皆いつだって寂しいと」

 今年、六十年目の夏が来る。

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 結局、かなりの部分を引用してしまいました。産経新聞社さん、久保田さん、ごめんなさい。この本には、心を打つ文章が多いので、私は地元で行った朗読会で、生徒さんたちと一緒にこの本を読みました。一番最後に、この「煙が目にしみる」を読んだあと、ザ・プラターズの曲を、フェードアウトで流しました。好評でした。聴き手の中には、泪を浮かべる方もありました。その後、生徒さんたちの総合発表会など、入場無料の場で、このエッセイを読んでいます。「朗読会 夕焼けエッセー」のことを私のHPやブログに書きましたところ、作者の久保田さんのお知り合いだという大阪にお住いの女性から、メールが届き、その後、久保田さんとの交流が続いています。久保田さんに、この朗読のテープを送りましたが、久保田さんは、とても喜ばれて、繰り返し、何度も何度も聴いてくださったそうです。長く生きていると、こんなにうれしいこともあるのですね、とおっしゃって・・・

 久保田さん、この暑い夏も乗り切ってください。そして、いつの日か、この朗読を生で聴いていただけたらと思います。

 終戦記念日に思い出しました。

 

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