駅前のビルの狭い階段を、トントンと駆け上がり、ガラス張りのドアを開けると、
どんなに寒い日も、そこは春のようにポカポカしている。美容室「シャルム・ヌーボウ」、
小さな別世界だ。

『いらっしゃいませ』

ジャズ・ボーカルの流れる店内、お客様の髪をセットしながら、先生(オーナー)が
にっこりと微笑む。往年の名歌手、ジョセフィン・ベイカーの若い頃を思わせる、スリムな女性だ。他のスタッフも、十代から五十代までの魅力ある女性達である。

ここに来ると、仕事の疲れも消え失せ、リラックスすることができる。
髪を洗い、整えてもらうだけではなく、心の洗濯や美容までしてもらえるお店だ。

『私、ボーイ・フレンドが出来たの』
『あら、どんな人か見たいわ、今度連れていらっしゃいよ』

『うちの子、どうも英語の成績がパッとしなくてねー』
『でも、お宅のお子さんは数学がお出来になるからいいですわ。うちの子なんて、数字に弱くて』

『ラフカディオ・ハーンがマルチニークにいた頃ね』(これは私)。
『マルチニークってあのカリブ海にある島でしょう?私、カリブ海に憧れてるんですよ』

洒落た会話も、所帯染みた話も、むずかしい話でも、何でもO.K..どんな話題にも先生や
スタッフの人たちが上手に合いの手を入れるから、話はどんどん広がって行く。
お客様の一人が愉快な話をすると、スタッフはもとより、他のお客様まで一緒に大笑いになる。

 女性ばかりだから何でも話せて、とても楽しい。愚痴も悪口も聞こえてこない。(スタッフの魅力にひかれてか、男性のお客様もかなりいるらしいが、私が行く時にはあまり来ていない。残念!)

ここは私にとって十年来のお店。気持ち良くおつきあいをさせてもらっている。
主婦であり、小さい子供のお母さんである先生を初め、他のスタッフの人たちも生活の疲れを
少しも見せない。なじみの“老舗“と言いたい程だが、店名の通り、いつまでも新鮮な魅力に
満ちているお店だ。(”シャルム・ヌーボウ“とはフランス語で”新しい魅力“という意味。)




楽しいお喋りの間にも、スタッフの人たちは休みなく手を動かし続け、やがて、お客様それぞれの気に入ったヘアスタイルが出来上がると、みんな心がすっきりと落ち着く。
ここのお店の人たちの技術はとても優れているのだ。

さて、立ち去りがたくはあるのだが、そろそろ行かねばならない。

そして

『ありがとうございました。またお待ちしておりま〜す』

の声を背に、ドアを開け、私はまた日々の戦いに戻って行くのだ。

私のオアシス、「シャルム・ヌーボウ」
日々の思い
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