耳を澄まして

 数年前から耳を傷めていて、お医者様に、あまり大きな音を聞かないように、と言われている。そのため、観たい映画が来ると、耳栓を用意して観に行く。

 耳栓をすると、音量は半分に落ちる。それでも、セリフも音楽も、充分聴こえる。ただ、薄いヴェールを隔てているようで、完全には入り込めない時もあるが。

 映画が終わり、タイトルバックの時に、つい、耳栓をはずしてしまうことがある。とたんに大音量が、耳に飛び込んでくる。うあっ!と思う。一体、こんな大音量が必要だろうか?

 量販店の音響機器の売り場に行くと、ものすごく大きな音で、スピードの速い音楽を流している。いたたまれない。早く用事を済ませ、さっさと退散する。お客様はいいが、売り場の店員さんは、あんなところに長くいて、難聴にならないだろうかと、他人事ながら心配になる。

 世の中全体が、大きな音に、無感覚になっている。そんなに大きな音が必要だろうか?

 耳のせいもあるかもしれないが、近頃の私は、音楽はあまり聴きたくない。自然の音、例えば、軒を打つ雨の音などを、ひっそりと聴いていたい。もっとも、最近は、豪雨が多くて、ひそやかな雨などという上品な雨はめったに降らないようにも思うが。

 さらに言えば、耳を澄まさなければ聴こえない音に憧れる。たとえば、月夜に、遠くから、かすかに聴こえてくる笛の音など・・・ああ、今の世に、そういう状況があるだろうか?

 

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