即興詩人

 

 先ほど、手元に、一冊の本が届きました。画家の安野光雅さんの「口語訳 即興詩人」です。安野さんは、この本を、五年かけて完成されたそうです。

 19世紀のイタリアを舞台にした、即興詩人、アントニオの恋の物語です。原作は、アンデルセンですが、昔、森鴎外の文語訳が一世を風靡し、今も、年配の人たちの間には、熱狂的なファンがいるのではないかと思います。

 今年は、鴎外の生誕150年にあたるということもあり、出版されたのでしょうが、安野さんは、お若い頃から、鴎外訳の「即興詩人」が、大好きだったそうです。そして、文語文の難解さのため、現代では、読む人が減っているのを惜しみ、ご自分で口語訳に挑戦されたようです。これを読んでから、文語訳を読んでみてください、ということなのでしょう。

 私の母も、女学生の頃、この「即興詩人」が大好きだったそうで、よく、「綺麗だった・・・」と、うっとりするように話していました。そのため、私も読みたくなり、若い頃、読んでみました。たしかに、とても美しい文章なのですが、当時の私には、難しく、全部は読みきれませんでした。

 数年前に、やはり、安野さんのご本、「青春の文語体」が出ましたが、この中に、「即興詩人」の何箇所かが、引用してあります。そのうちの「蜃気楼」の美しさには、感動しました。当時、認知症で、施設に入っていた母のところに、この本を持って行き、「蜃気楼」の部分の拡大コピーを見せながら、朗読しましたところ、母は、「綺麗だ・・・懐かしくて涙が出る」とつぶやきました。母は、昨年の夏に逝きましたので、良い思い出になりました。

 北村薫さんの、昭和の初めの、お嬢様探偵が活躍する、連作ミステリーを読みますと、当時の女学生の間で、「即興詩人」が愛されていたことが、よく分かります。昭和の初めには、母も、女学生でしたので、私は、とりわけ、興味深く、読みました。母が好きだったという、ゲーリー・クーパーも、やはり、当時の女学生の間で、人気だったのだと分かりました。

 さて、それでは、これから、「口語訳 即興詩人」を読んでみましょう。そのあとで、鴎外訳の「即興詩人」に、ふたたび、挑戦してみるつもりです。

2012年記

 

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