なつかしい先生たち

 

 朗読の仕事をするようになってから、何回も朗読会を催しました。有料の朗読会をする際には、読む作品の作者におことわりをしなければいけません。最初のころは、新聞のコラムになっている作品を読むことが多く、まだ本になっていないものばかりなので、新聞社に電話して書き手の連絡先を訊きました。佐野洋子さん、道浦母都子さん、久田恵さんなど、女性の方が多いです。

 絵本作家、エッセイストの佐野洋子さんの連絡先は、新聞社の方も分からないとのことですが、「谷川俊太郎さんの連絡先なら分かります」ということで教えていただきました。

 佐野さんと谷川さんは、一時、一緒に暮らしていらしたようで、その事情は、新聞社の方もご存じだったみたいです。

 電話すると、谷川さんご本人が電話を取られました。

 「あの人なら、この時間は、ここにいるでしょう」ということで、教えていただいた番号にかけますと、今度も、佐野さんご本人が出られました。私の話を聴くなり、「ありがとう、ありがとう」それで終わりでした。あのお声とユニークな話し方は、今も私の耳に残っています。

 エッセイスト、久田恵さんの場合は、お留守らしいので、留守電にメッセージを残しておきました。数日後、帰宅したら、私の留守電にメッセージが入っていました。どうぞお使いください、ということでした。

 歌人の道浦母都子さんは、新聞社で電話とFax共通の番号を教えてくださったので、お願いしたいことをワード入力し、印字した紙をFaxしました。すると、Faxがまだ届ききっていないうちに、道浦さんが電話に出られました。私が事情を話すと、「それでは、いったん切りますので、どうぞFaxなさってください」とのこと。Faxが届いたと思われる頃、道浦さんから電話がかかってきました。「うれしいわ、私の作品を朗読していただけるなんて。それに、あの文章は、自分で一番気にっている文章なんです」続けて「東京に住んでいたらぜひ聴きに行きたいのですが・・・」道浦さんは、裏日本にお住まいなのでした。

 次は男性で、上田和夫先生。小泉八雲作の「耳なし芳一のはなし」の訳者です。やはりFaxを送ったのですが、すぐにお返事があり、快く許してくださいました。その後、朗読会のチラシを送りましたが、なんと、朗読会当日、本番前に楽屋にご挨拶に来てくださったのです。まったく予期していなかったことなので、私は、とても緊張してしまい、先生へのお返事も、しどろもどろ、その上、すっかりテンションが上がって、朗読の出来は、さんざんなものでした。でも、それから数年後に、「耳なし芳一のはなし」をCD化する際、また連絡しましたところ、今度も快く許してくださいました。「そのかわり、CDを1枚進呈してください」とのことで、2枚送りました。上田先生とは、その後も、年賀状のやりとりを続けています。

 それから平川祐弘先生です。先生のご著書「小泉八雲 西洋脱出の夢」は、日本や世界で小泉八雲・ラフカディオ・ハーンブームを引き起こすきっかけになりました。この本を読んで、私は本当の小泉八雲と知り合うことが出来ました。朗読したくなる文章がたくさん入っています。

 先生は、学者ですが、とても心の温かい方で、この本を読むと、八雲を愛し、理解していらっしゃることがよく分かります。お許しを願うFaxにも「先生の御作は、理知と情、二つながら兼ね備えた名著だと思います」と書き添えました。すぐお返事のFaxが来ました。

 「今、仕事で地方に来ていまして、当分、ここから動くことができません。東京にいたら駆けつけるところなのですが、残念です。ご盛会をお祈りいたします」とのことでした。

 84才でいらっしゃるようですが、どうか、お元気で長生きしていただきたいものです。これからも、いいお仕事をなさってください。

 また、以前、七人の女性作曲家の方たちのコンサートで、朗読を頼まれた際、私は「祝婚歌」などで有名な吉野弘さんの詩を読むことになりました。この時は、担当の作曲家の方が先生に電話されたそうです。もちろん、許してくださいましたし、先生は、とても感じのいい方だったとのことです。

 直接、作家に連絡しなくても、日本文芸家協会ということころがあって、そこのリストに載っている作家には、協会を通じて申し込むことが出来ます。でも、リストに載っていない方も多く、その場合は、出版社に連絡先を訊くのですが、出版社で許可してくださることもあります。

 書家の篠田桃紅さんの場合は、「高齢でお具合があまりよくないため、ご家族は、今、大変だと思います。私どもで許可いたします」とのことでした。

 また、エッセイスト、熊井明子さんの場合は「熊井さんの「私の部屋のポプリ」から数篇読みたいのですが」といいますと、出版社の方は「「私の部屋のポプリ」が朗読に使われるなんて初めてです。当方で許可します。熊井さんも聞かれたら、とても喜ばれると思います」と、うれしいお言葉でした。

 短い時間ではあっても、いろいろな方たちと親交を結ぶことができました。今は、もうこの世にいらっしゃらない方もあります。なつかしい先生たちです。

 

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