第三の男
映画音楽の好きな私は、サウンドトラック一辺倒で、下手に編曲してあるものなどを聴くと、
イライラしてしまう。けれど、例外もある。その一つが「第三の男」だ。
中学時代、多分、テレビでだったと思うが、この映画を見た。
冒頭から、あのチターの旋律の強烈な魅力に圧倒された。
モノクロの画面に映し出される、荒廃した第二次大戦直後のウイーンの不思議な美しさ。
オーソン・ウェルズ演ずるハリー・ライムと、ジョセフ・コットン演ずるマーティンスの男の友情の悲しさ。
そういったものに、この曲は良くマッチしていた。大人のロマンをすんなりと受け止めることが出来た。
私は、生まれて初めて、レコード店に行き、お小遣いをはたいて、「第三の男のテーマ」を求めた。
都会の店なら、おそらく、アントン・カラスのオリジナルがあったのだろうが、地方の町の悲しさで、
それは手に入らず、代わりに、ガイ・ロンバード楽団演奏のものを買った。
最初は違和感があったが、繰り返し、聴く内に、とても好きになった。
ダンス・オーケストラとして有名なこの楽団の演奏には、華麗さと退廃美を感じさせられ、
カラスの独奏に優るとも劣らない魅力があると思う。
そして、このロンバード楽団の曲が、いつか、私の心の中で、サントラに取って代わってしまったのである。
この曲は、今でも、喫茶店のBGMなどでよく、耳にする。昔と変わらず、好きだ。
しかし、なぜ、中学生の私に、このような大人の曲の良さが分かったのだろうかと不思議に思う。
もっとも、当時、小学校の上級学年だった、弟の友達が、家に遊びに来て、このレコードを聴き、
「いい曲だね」と眼を輝かせたというから、この曲は、子供の域を脱し始めたばかりの、
しなやかな感受性に訴えるところがあるのかもしれない。
ともかく、この曲に惚れ、この映画に惚れてしまった私は、続けて、映画を見るようになり、
映画と映画音楽が大好きになった。
いくつもの曲が私の耳を通り過ぎ、たくさんの曲が私の心に残った。
映画と、映画音楽と、大人の世界とに私を導いてくれた、「第三の男」。
この小さなレコードは、今も私の手元にある。
カセットに、CDに、そしてMDにと世の中は進むが、たとえ、もう聞くことが出来なくなったとしても、
これは持っていようと思う。これを手にし、ジャケットの映画の1シーンの写真を眺めていれば、
あの曲が、いつでも、私の耳によみがえって来ることだろう。